「明治の日」に関するQ&A

Q1.なぜ11月3日が「明治の日」なのですか?「大正の日」や「平成の日」は必要ないのですか?」

A.昭和2年から、11月3日は明治天皇の御生誕日に由来する「明治節」と呼ばれる祝日でした。これは、明治日本の偉業を仰ぐ日として国民の請願により制定されました。敗戦後も、多くの国民は「明治節」の存続を望みましたが、占領軍により廃止されてしまいました。

私たちは、明治に対する国民の思いを甦らせるべく「明治の日」を制定し、ひいては「昭和の日」と共に我が国の近代史を振り返る契機としたいと考えています。

現代に至る我が国の近代史を振り返ってみた時、国民国家としての基盤が確立された明治時代は、現代社会の基盤が確立した昭和時代と並んで大きな意味を有しています。これは、大正時代や平成時代が相対的に劣っているということではありません。

Q2.明治時代には影の部分もあり、顧みるに相応しくないのではありませんか?

A.明治時代は、西洋列強によるアジア侵略に直面した島国が内乱を克服し、日清戦争や日露戦争という対外戦争に勝利した結果、不平等条約の改正を成し遂げて欧米列強と対等な関係を築き上げた輝かしい時代です。

もちろん、完璧な時代だったわけではありません。倒幕に伴って成立した新政府の要職は薩長土肥各藩の出身者によって占められる一方、奥羽越各藩の出身者は冷遇されました。また、明治政府が行った神仏分離・廃藩置県・学制発布・徴兵令・太陽暦の採用などの政策に対する反発が存在したことは確かです。

しかしながら、それは新政府の人事や政策に対する批判・抵抗であり、強固な独立国家を形成し、欧米列強に劣らぬ国とすることじたいを否定していたわけではありません。

私たちは、様々な困難や軋轢はありながらも、立場の違いを超えて団結し、民族としての自立を守った時代として明治時代を理解し、我が国の今後について考える契機として「明治の日」を位置づけています。

Q3.11月3日には、文化勲章が天皇陛下から親授されます。「読書の秋」・「芸術の秋」を象徴する日でもあります。わざわざ「明治の日」を定める必要はないのではありませんか?

A.文化勲章が制定されたのは昭和12年、最初の授与は同年の4月28日に行われています。11月3日に親授されるようになったのは「文化の日」制定後の昭和24年からです。

「読書の秋」・「芸術の秋」という表現が広く用いられるようになったのは大正時代に入ってからと言われています。多くの日本国民が読書や芸術に親しむことができるようになったのは、明治時代の半ば以降、購入し易い廉価な文庫本が登場したり、帝国博物館で芸術作品の展示がなされるようになったりした結果です。

明治時代は我が国における近代文化の出発点であり、伝統を受け継ぎつつ時代に合わせて革新してきた時代と云えます。明治の先人たちの歩みを理解し、将来を展望する「明治の日」を定めることは、祝日法第1条に定められた「美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する」という趣旨に適うものだと私たちは考えます。

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