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【正論】明治天皇と神武天皇のつながり 「文化の日」を明治の歴史的意義知る祝日に 文芸批評家・都留文科大学教授・新保祐司(産経ニュース)screenshot_20161031-083436
去る10月3日、大阪で交声曲「海道東征」が再演された。戦後70年に当たる昨年の11月に作曲家・信時潔の没後50年も記念して、出身地である大阪で演奏会が開催された。本公演、追加公演とも大入り満員であった。それを受けての再演となったが、今回も盛況で深い感動が会場にあふれた。

≪本格的に復活した「海道東征」≫

今回の再演は、この埋もれていた名曲が今後、各地の演奏会で取り上げられるようになる一歩であろう。「これは一人の人間にとっては小さい一歩だが、人類にとって偉大な飛躍である」という月面着陸の宇宙飛行士が残した有名な言葉をもじっていうなら、この復活は大阪の一つのホールで行われた小さな一歩だが、日本人の精神的覚醒にとっては大いなる飛躍をもたらすものとなるに違いない。

そして、来年の4月19日には東京で演奏会が開かれる運びとなった。会場は東京芸術劇場で、演奏は東京フィルハーモニー交響楽団である。一昨年の熊本での公演から始まった「海道東征」の文字通りの「東征」が、ついにここまで来た。この「東征」は、この曲を聴いた日本人に、「海道東征」のような作品を封印してきた「戦後的なるもの」と精神的に戦うことを呼びかけているのだ。

「海道東征」は、神武天皇の東征を題材にして北原白秋が作詩し信時が曲をつけた作品だが、戦後生まれの私は神武天皇についてそれほどは知らなかった。そんな私にとって、この夏に刊行された『神武天皇はたしかに存在した』(産経新聞出版)は興味深い本であった。昨年、本紙に『「海道東征」をゆく』として連載されていたときから愛読していたが、今回1冊の本になったものを通読すると、神武天皇の東征から即位までの建国神話がよく分かる。

さらに、本書の特長は、副題に「神話と伝承を訪ねて」とあるように、神武天皇の東征の足跡と事績を実際に取材して、その土地に残る伝承を記しているところにある。こういうふうにさまざまな地方に、伝承が今でも鮮やかに伝えられていることにとても感銘を受けた。何か西日本の地図が、精神的な深みを一段と増して見えてくるようであった。本来、日本地図をこのように歴史と伝承に覆われた立体的な像として思い浮かべなくてはならないのである。

≪危機にこそ国家の始まり考えよ≫

本書の序章は「日本の始まりは、神武天皇と東征と即位にある」と題されている。この「日本の始まり」を戦後の日本人は、あまり想起してこなかったのではないか。しかし、国家が大きな危機に見舞われたとき、回顧しなければならないのは、国家の「始まり」なのである。

明治維新のとき、当初、王政復古とは「建武の中興」に復帰するということが考えられていた。しかし、岩倉具視の顧問であった国学者の玉松操の意見により「神武創業」の根本にまで遡(さかのぼ)るということになったのであった。かくして明治維新は偉大であったのである。明治は明治として偉大であったというのでは足りない。明治は、「神武創業」に基づく理念から出発した時代であったから偉大なのである。

昨年開催された「ダブル・インパクト 明治ニッポンの美」という展覧会で展示された竹内久一の木像彫刻「神武天皇立像」は、明治23年の作品だが、作者の竹内自身が明治天皇の「御真影」を基に制作したと述べている。明治天皇は、「神武創業」の根本に遡ることにおいて、神武天皇と直結していたのである。

≪遥かなる神武創業を回想せよ≫

同展覧会には、作者不詳の「大元帥陛下御真影」という絵も展示されていた。石版画が縦長の軸装に仕立てられていて、最上部には旭日旗の間から神武天皇が出現している。その下に明治天皇による御製「古の文見るたびに思ふかな おのが治る国はいかにと」が書かれ、その下にイタリア人画家キヨッソーネによる有名な「御真影」を基にした明治天皇像が描かれている。

日本の古代史において、英雄と呼ばれうる存在は、神武天皇と日本武尊とされるが、紀元前4世紀の英雄アレクサンドロス大王について、紀元2世紀のローマ人が著した『アレクサンドロス大王東征記』がある。神武天皇もアレクサンドロス大王も「東征」したのである。神武東征のハイライトの一つに、八咫烏(やたがらす)の登場があるように、アレクサンドロス大王の東征にも、2羽の烏が先導役を務めたことが出てくるのは興味深い。

11月3日の「文化の日」を「明治の日」とする機運が高まっているが、明治とは明治そのものが栄光の時代であったのみならず、明治天皇と神武天皇のつながりによって歴史的意義が深いのである。来る平成30年は明治維新150周年である。実現が待たれる「明治の日」に回想するのは、明治の45年間だけではなく、遥(はる)かなる神武創業なのだ。そして、やがては11月3日に、全国各地で「海道東征」の演奏会が開かれる時代の来ることを祈念するものである。

(文芸批評家・都留文科大学教授・新保祐司 しんぽゆうじ)
(産経新聞平成28年10月31日「正論」欄)