【新保祐司】菊の香や明治は近くなりにけり(産経新聞平成24年11月1日「正論」欄)


 11月3日の「文化の日」は、戦前は「明治節」であった。明治天皇御生誕の日である。

 11月3日を「明治の日」に

 祝日とは単なる休日ではなく、国民が自らの歴史と伝統に思いをはせる貴重な日である。そして、今日、内外の「国難」のただ中に生きている日本人にとって、「明治」という時代を回想することはとても大事なことである。日本の歴史上、「明治」は最も偉大な時代の一つだからである。

 「文化の日」を「明治の日」に変えようという運動が行われているが、この名称変更は4月29日の「みどりの日」が平成19年から「昭和の日」になったことと同様な深い意義を持っている。

 司馬遼太郎は、「明治」の偉大さを『坂の上の雲』や『「明治」という国家』などで語ったが、このところ、私は山田風太郎の明治小説を愛読している。山田の明治小説は文庫本で14冊もあり、『警視庁草紙』『幻燈辻馬車』『明治十手架』などが代表作である。山田は、司馬より1つ年上であるが、この2人はずいぶん違った作風の作家である。山田は、伝奇小説、推理小説、時代小説のジャンルで話題作を多作した、戦後日本を代表する娯楽小説家の一人とされる。『甲賀忍法帖』をはじめとする忍法帖シリーズは、世に忍法ブームを巻き起こした。しかし、私は、山田の本領は明治小説に発揮されていると思う。

 一方の司馬は、文明批評家としての風格を帯びて、大衆作家の枠を遙かに超えた仕事を遺した。私は、司馬の「明治」賛歌に深く共感してきたが、最近は、山田の晩年の明治小説群に現れた「明治」というものの奇怪さにも感動を覚えている。

 偉大な時代と山田風太郎

 言ってみれば、司馬の「明治」はポジだが、山田の「明治」はネガである。しかし、そのネガを現像してみると、そこには、司馬のものとは違った「明治」の偉大さが浮かびあがってくるように思われる。忍法帖のような娯楽作品を書きまくっていた作家が、晩年に「明治」を扱うに至った意味は重い。「戦後民主主義」の中で戦中派として生きてきた山田は、ついに「明治」が持つ深い意義を感じ取ったのである。

 山田といえば、青年時代の日記である『戦中派虫けら日記』や『戦中派不戦日記』などがよく知られているが、前者の昭和19年7月8日のところには、徳川中期以前の日本の歴史にほとんど興味を失ったと書いている。何故かといえば、そこに出てくる群像には「日本」の意識が薄いからだという。そして、「幕末明治の歴史こそ今胸を打つ。吉田松陰、西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文、etc、彼らが心血を以て作りあげた日本は、いまや累卵の危きにある。われわれは死を辞せない。しかし一朝にしてこの人々の苦心を水泡に帰せしめるに耐える心を持たない」と書いている。この22歳の時の危機意識が、晩年の明治小説執筆につながったのであろう。

 『横浜オッペケペ』は、川上音二郎と野口英世が登場する小説だが、この2人について「そのガムシャラなヴァイタリティ、その馬車馬のような突進性、その山師的ともいえるハッタリ、人の意表に眼をつける独創性、そして何よりも、自分のためにはほかの人間にどんな泥水をひっかけようとてんで意に介しない、強烈無比のエゴイズム」と評している。

 「精神」を取り戻す時だ

 その上で、山田は「川上音二郎にしても野口英世にしても、強烈なエゴイズムの熱塊であった。それは人間すべてがそうだといえばいえるが、しかし彼らには、ただの私利私慾とは次元とニュアンスのちがう何かがあった。それゆえに彼らは、のちのちまで人々の胸に好意あるいは敬意の念を残したのである」と書いた。山田は「戦後民主主義」という「私利私慾」の世界に生きてきて、「明治」という時代にはこの「何か」があることを書きたかったのである。

 「明治の精神」という言葉を夏目漱石は、『こころ』の中で明治天皇崩御と乃木大将の殉死をめぐって使った。保田與重郎は評論「明治の精神」で岡倉天心と内村鑑三を論じた。確かに、「明治」には「精神」があったのである。それに対して、大正は「感覚」といえようか。河上徹太郎は小林秀雄との対談で天心に触れ、「明治という時代は、時代そのものが気宇壮大で、昼間のお化けでもでそうなところがある。天心のような男が生きるのに適しているのだ」と語っている。今や、日本は再び「精神」に貫かれなければならない時代になったのではないか。

 中村草田男は、昭和初年に「降る雪や明治は遠くなりにけり」と詠んだ。しかし、「明治」は遠くなってはならない。「明治」がありありと近づいてくるのを感じなければならない。11月3日が「明治の日」になり、菊花の香りの中に、日本人が「気宇壮大」な「明治」を振り返る日が実現することを強く望んでいる。

 「菊の香や明治は近くなりにけり」

(しんぽ・ゆうじ)文芸批評家、都留文科大学教授
(産経新聞平成24年11月1日「正論」欄)