【朝日新聞】「明治とは」なぜ今 記念事業続々、過剰な美化危惧も(平成29年11月20日夕刊)

年は明治維新から150年。明治天皇の誕生日である11月3日を「明治の日」にする運動も、節目の年を追い風にと期待する。半世紀前、明治維新100年を祝った時期を振り返ってみると、ナショナリズムが再び頭をもたげ始めた時代と重なり合う。(編集委員・藤生明)

10月29日、明治150年を記念するシンポジウムが東京都内で開かれた。中心となったのは、文化の日を「明治の日」とする運動を進める「明治の日推進協議会」。主催者はこうあいさつした。

「150年にあたり、明治の意義を再確認したい。そうなれば11月3日がどんな日なのか、思いをいたしていただける。そう願い、本日の開催となった」

この団体は、4月29日の昭和天皇の誕生日を「昭和の日」とする運動をした人たちの流れをくむ。関係者は「明治の日はまだまだ苦戦中」と話すが、150年を追い風にと期待する。

最近、「明治」と冠のついた特集記事や、幕末の志士の伝記の出版、ドラマ制作の予告が目につく。

明治に改元された日は10月23日。内閣官房「明治150年」関連施策推進室は「年明けから本格的に盛り上がっていく」と話しており、国や自治体、民間レベルで明治期の施設の改修や資料の保存、企画展示、講演などの記念事業が目白押しだという。

「100年」時、首相が「一流国家」

「世界の一流国家としての地歩を築いたわが国は……」。明治維新100年の記念式典があった1968年10月23日、当時の佐藤栄作首相の談話にこんな一節があった。国民総生産(GNP)が西側諸国で米国に次ぐ2位となった国の自負がにじむ。

米誌「ニューズウィーク」は「取り戻した民族的自信」という記事を掲載。「新しい自負心は大戦の敗北の傷から立ち直った結果だ」「夢見心地で明治100年を祝っている」と記した。

国営武蔵丘陵森林公園(埼玉)や、国立歴史民俗博物館(千葉)の整備など記念事業も進んだ。他方で、政府式典直後に実施された恩赦は波紋を呼んだ。選挙違反者約4万人が対象となったためだ。

保守勢力の失地回復が進んだ時期とも重なる。66年に建国記念の日を制定し、69年には靖国神社を政府の管理下に置く国家護持法案を自民党が初提出。68年の建国記念の日歴史学者家永三郎氏は集会でこう批判した。「明治100年史観は日本を一直線の発展・栄光の歴史ととらえ、その間の起伏を無視し、すべてをバラ色とする考えだ」

「1940年の状況に近い」

それから半世紀。国民はどう受け取るのだろう。

「未完のファシズム」の著者、片山杜秀・慶大教授(思想史)は「明治100年は高度成長期で、『なぜ日本は戦後うまく行っているのか』が問われた時代。今、日本は停滞し、前提が違う」と話す。

150年での問いは「日本はなぜうまく行かなくなったのか」のはずだが、そうはならず、代わりに「日本人は明治以来、これだけ頑張れた。困難でもまだやれる」「明治の団結に学ぼう」といったかけ声が強調されると片山氏はみる。「状況はむしろ、1940年の紀元2600年祝典と近い」。当時は日中戦争が泥沼化し、「国難突破」が叫ばれた。

戦後日本の核心を描いた「永続敗戦論」の著者、白井聡・京都精華大専任講師(社会思想)は「歴史修正主義」の歯車が150年を機に一気に回るのでは、と予測する。「明治の美しさを語った司馬遼太郎氏の歴史観でさえ、帰結としての昭和ファシズムはダメだと考えた。しかし、その時代さえも肯定したい勢力が、働きかけを強めるのではないか」と危惧する。

〈明治記念式典の起算日〉 佐藤栄作内閣は1966年、明治100年記念行事を全国民的規模で実施することを決定。財界人、学者らによる準備会議を組織した。この会議では明治100年の起算日も論点となり、明治天皇への三種の神器承継(1867年2月=太陽暦に換算、以下同じ)▽大政奉還勅許(同11月)▽王政復古の大号令(68年1月)▽五箇条の御誓文(同4月)▽明治天皇即位の礼(同10月)なども候補となったが、明治改元(同10月23日)が選ばれた。日付の非政治性、理由の明快さ、季節などが考慮された。

【毎日新聞・社説】文化の日の改称運動 復古主義と重なる危うさ(平成29年11月3日朝刊)

きょうは文化の日。現行憲法が71年前に公布された日でもある。

 戦前の11月3日は「明治節」と呼ばれる祝日だった。明治天皇の誕生日に由来する。

戦後に名称が変わったのは、新憲法制定時の首相、吉田茂がこの日を公布日に選んだためだ。公布から半年後の5月3日が自動的に憲法の施行日になり、両日はともに憲法を母体とする祝日になった。

ところが、数年前から11月3日を「明治の日」に改称させるための政治活動が目立ち始めた。2011年に結成された明治の日推進協議会には、右派団体「日本会議」系の人びとが数多く名を連ねている。

見過ごせないのは、安倍晋三首相と思想・信条が近い政治家が積極的に運動を後押ししていることだ。

稲田朋美元防衛相は先週末に開かれた関連のシンポジウムに対し「私も明治の日創設の法律化に向け、同志の皆様と手を携えて全力を尽くします」とのメッセージを寄せた。

古屋圭司衆院議運委員長(自民)も主要な応援メンバーだ。昨年は代表して明治の日実現を求める60万筆余りの署名簿を受け取っている。

なぜ彼らはこれほどまで明治の日の制定にこだわるのか。

推進協議会は、祝日法が文化の日の意義として示している「自由・平和・文化」について「特定の一日とあえて結びつける必要があるのか」と疑問を投げかけている。

ただ、それ以上に活動を支えるのは現行憲法に対する拒絶感だ。すなわち憲法は占領軍による「押しつけ」だから、憲法と密接な文化の日も葬り去りたいのではないか。

憲法改正による戦後レジームからの脱却を訴えてきた安倍首相らの考え方と根っこは同じであろう。明治時代への漠としたノスタルジーや戦前回帰の感覚がそこに連なる。

衆院選で勝利した首相の最終目標が改憲であることは間違いない。しかも、来年は明治維新から150年の節目であるため、首相は「明治の精神」に学ぶ機運と改憲を絡めて盛り上げようとする可能性がある。

時代の変化に憲法を適合させることは大事だ。しかし、明治の日制定運動につきまとう復古主義的な発想から出発する限り、まともな憲法議論にはなり得ないだろう。

【産経新聞】東京で明治150年記念シンポ 「日本民族に与えられた試練の時代」(平成29年10月30日朝刊)

今年が大政奉還から150年目に当たることなどから、「明治150年記念シンポジウム」(同実行委員会主催、産経新聞社後援)が29日、東京・永田町の星陵会館で開かれ、有識者のパネリスト4人が約250人を前に、明治維新の意義を熱心に議論した。

パネリストの拓殖大学事顧問、渡辺利夫氏は「150年前に何が起きたか。封建社会という権力分散型の社会だった日本が、西欧列強に対抗するため一元化した時代だ」と振り返った。文芸批評家の新保祐司氏は「日本民族に与えられた試練の時代。その意味を考える上にも、11月3日を『明治の日』に」と訴えた。

国学院大教授の阪本是丸氏、元内閣府事務次官の松元崇氏も議論に参加。コーディネーターとして亜細亜大非常勤講師の金子宗徳氏も加わった。シンポの詳細は12月1日発売の月刊正論1月号に掲載される予定。

【毎日新聞】「明治150年」保守取り込み 首相、総裁3期目の目玉 改憲推進の支えに(平成29年6月1日朝刊)

『毎日新聞』(平成29年6月1日朝刊)に推進協議会の関連記事が掲載されました。

一方、明治天皇の誕生日である文化の日(11月3日)を「明治の日」に改めようと、民間団体「明治の日推進協議会」が祝日法の改正運動を進めている。昨年11月に国会内で開いた集会では、明治の日実現を求める約63万筆の署名目録を首相に近い自民党の古屋圭司選対委員長に手渡した。

 会長は塚本三郎元民社党委員長で、昭和の日の実現に取り組んだメンバーが中心だ。昭和の日は昭和天皇の誕生日で「みどりの日」だった4月29日を改めた。

 昭和という時代の評価を巡って反対論があり、最初に00年に法案が提出されてから2度廃案になり、05年に成立した。保守系団体では、署名などの運動が成立を後押しした成功例と位置づけられている。

 今回の「明治の日」も日本会議や新しい歴史教科書をつくる会など多くの保守系団体が賛同する。推進協議会メンバーで里見日本文化学研究所の金子宗徳所長は「文化の日は占領軍が強行して作った。近代化の出発点である明治をしっかり考え、戦後の行き過ぎをただす」と趣旨を説明する。政府の明治150年事業については「明治150年の来年が正念場。政府の動きについていく」と語った。

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